米軍機の事故だけではなく、米兵がらみの事件もよく取り上げられています。

それも県民の反対意識を、加速させる原因となっているのではないでしょうか。

少女や女性のレイプ事件も多く、同じ女性として憤りを感じました。

1955年に6歳の女の子が行方不明になりました。

翌日嘉手納にある、米軍部隊のごみ捨て場から遺体が見つかり、その体には何度もレイプをされた痕跡があったそうです。

その女の子は、唇をかみ締め手には雑草を握り締め体には、下腹部から肛門にかけ切り裂かれて死んでいたようです。

その1週間後にも、別の女の子が被害に遭いました。

突然民家に入ってきた米兵が、女を出せと言い、その家の主人が近所に助けを求めに行っている際に、次女を無理やり連れて行きました。

その20分後に戻ってきた次女は、下半身から血を流し泣いていたそうです。

1995年には、米兵3人が買い物帰りの12歳の女の子を借りていたレンタカーに、押し込み拉致し殴るなどし抵抗できないようにして、その車の中でレイプしたそうです。

女の子は、全治2週間の傷を負ったそうですが、体の傷だけではなく心にも深い傷を負ってしまったと思います。

2012年には、仕事を終え帰宅途中の面識のない女性に、酔った米兵2人が声をかけたところ、無視をされたため女性を追いかけその後2人でレイプしたそうです。

女性の首には、絞められたような跡も残っており、女性は擦過傷を負ったそうです。

しかし米兵による事件は、女性だけではなく男性も被害に遭っています。

2009年に、散歩中だった66歳の男性をひき逃げによって死亡させています。

2011年には、成人式で帰省していた男性の車に、対向車線にはみ出した米軍の車が正面衝突し男性は死亡しました。

2012年には、深夜外出禁止中だったにも関わらず、居酒屋で暴れその建物の上の住居に侵入し寝ていた中学生を殴り、さらにはその部屋にあったテレビを破壊させています。

同年飲酒運転により、多重事故を起こした米兵が逮捕されました。

さらに那覇市の4階建てにすむ住人から、ベランダに外国人がいると通報を受け行ってみると、酔った米兵が勝手にベランダに入り、寝ていたとの事で住居侵入により逮捕されました。

こういった事件は、ほんの一部ですが中には、日米地位協定には、ばかれ不起訴になった事件も多く、県民の怒りは頂点に達していました。

また2000年以降は、立て続けに事件が起き、メディアで報道されることによって、事件を知った県民が今までにない反対運動を加速していくのでした。